今日も会社はあります

社長をしています。インドで僧侶も少ししています。 会社のこと、家族のこと、病院のこと、たまに海の向こうの面倒なこと。 だいたい大変ですが、今日も会社はあります。

第8回 人が好きです。お金も好きです。

僕は、人が好きです。

それと同じくらい、
お金も好きです。

急に正直です。

でも、
「人が好きです」
と言いながら、
お金の話をまったくしないのも、
少し嘘くさい気がします。

人も好き。
お金も好き。

これでいいと思っています。

一万円札も変わりました。

昔は福沢諭吉。
今は渋沢栄一。

僕の好きな人も、
一万円札と一緒に変わりました。

昔は、福沢諭吉が好きでした。

独立自尊。

自分の足で立つ。
人に頼らない。
強い人間になる。

かっこいいです。
一万円札ですし。

でも最近は、渋沢栄一の方がしっくりきます。

人と人をつなげる。
事業と事業をつなげる。
信用をつくって、お金を回す。

これが面白い。

結局、お金は一人では増えません。

人の間を流れて、
初めて生きてくる。

財布の中で寝ている一万円札より、
誰かの仕事になった一万円札の方が、
たぶん幸せです。

たぶんです。

一万円札に聞いたことはありません。

先日、友人から連絡が来ました。

「お寺に、ある商品を紹介したい」

という話でした。

お寺。

急に仏教です。

僕はインドで出家してから、
ありがたいことに、お寺関係の知り合いも少し増えました。

少しです。

ここは大事です。

僕は僧侶界隈では、完全にペーペーです。

ペーペー僧侶です。

響きだけは、少し可愛いです。

偉いお坊さんでもありません。
お経がめちゃくちゃ上手いわけでもありません。
法話で人を泣かせることも、まだできません。

たぶん、先に自分が泣きます。

でも、ご縁だけは大事にしたいと思っています。

友人が何かを一生懸命やっている。
それがお寺の役に立つかもしれない。
誰かの困りごとが少し減るかもしれない。

そう思うと、
「じゃあ、少し聞いてみようか」
となります。

もちろん、何でもつなげばいいわけではありません。

お寺は商売の場所ではありません。

ここを間違えると、
ただの売り込みになります。

急に俗っぽくなります。

僕も俗っぽいですが、
さすがに限度があります。

お寺には、お寺の空気があります。
僧侶には、僧侶の立場があります。
檀家さんや地域との関係もあります。

だから、無理に押し込むのは違います。

でも、必要としているところに、
必要なものが届くのは悪いことではありません。

商売とご縁は、
敵ではないと思っています。

ご縁のない商売は続きません。

商売にならないご縁も、
続けるにはなかなか大変です。

きれいごとだけでは、
会社は回りません。

でも、お金だけでも、
人は動きません。

このあたりが難しいです。

そして、このあたりが面白いです。

渋沢栄一さんも、
たぶんこのへんで悩んだと思います。

たぶんです。

本人に聞いたことはありません。

でも、
「論語と算盤」
というくらいです。

論語だけでもだめ。
算盤だけでもだめ。

ありがたい心と、
ちゃんとした収支。

両方いります。

お寺に商品を紹介するという話も、
結局そこだと思います。

相手のためになるのか。
無理がないのか。
信用を傷つけないのか。
ちゃんと役に立つのか。

そして、
少しは商売にもなるのか。

ここを隠すと、
逆にいやらしいです。

僕は人が好きです。

お金も好きです。

でも一番好きなのは、
人と人がつながって、
そこから何かが生まれる瞬間です。

仕事になることもあります。
ならないこともあります。

うまくいくこともあります。
微妙な空気になることもあります。

その時は、
だいたいお茶を飲みます。

お寺なら、なおさらお茶です。

僕はまだ僧侶界隈ではペーペーですが、
ペーペーなりに、
縁を紡ぎたいと思っています。

渋沢栄一さんのためにも。

いや、違います。

自分のためです。

あと、友人のためです。

そして、少しだけ世の中のためです。

こう書くと、急に立派な感じがします。

危ないです。

調子に乗らないようにします。

今日も会社はあります。

そして、たぶんご縁もあります。

また書きます。たぶん。