
最近、ほとんど電動ベッドの上で生活している。
寝たきりというほどではない。
仕事はしている。
オンライン会議もしている。
メールも返している。
会社のことも考えている。
ただし、オンライン会議には大きな秘密がある。
画面に映る上半身は、ちゃんとしている。
シャツを着て、ネクタイもしている。
いかにも「社長、今日も働いています」という顔をしている。
しかし、画面に映らない下半身はパンツである。
相手は真面目に話している。
こちらも真面目にうなずいている。
でも、下はパンツである。
平和である。
本当に、平和である。
そんな平和すぎる姿勢で、合間にNetflixを観た。
映画『雪風』である。
約80年前の日本。
そこには、命をかけて海に出た人たちがいた。
家族を残し、故郷を離れ、自分の未来まで差し出して、何かを守ろうとした人たちがいた。
一方、こちらは電動ベッドの上である。
リモコンで背中の角度を調整している。
上はネクタイ。
下はパンツ。
横にはスマホ。
手元にはお茶。
申し訳ないくらい、便利である。
でも、思った。
今の平和は、最初からあったものではない。
誰かが傷つき、失い、苦しみながら、次の世代に残してくれたものの上にある。
朝、普通に起きる。
家族とごはんを食べる。
仕事の心配をする。
社員のことを考える。
工事原価が上がったと文句を言う。
不動産が高くて買えないとブツブツ言う。
これも全部、平和だからできる悩みである。
爆弾が落ちてくるわけではない。
明日、家族に会えない覚悟で海に出るわけでもない。
せいぜい、オンライン会議でうっかり立ち上がらないように気をつけるくらいである。
ありがたい時代だと思う。
ただ、平和が長く続くと、人は勘違いする。
これが当たり前だと思ってしまう。
当たり前だと思うと、感謝が薄れる。
感謝が薄れると、責任感も薄れる。
責任感が薄れると、仕事が軽くなる。
これは会社も同じだと思う。
会社は、ただ利益を出す箱ではない。
社員とその家族の生活を支える場所であり、地域に信用を積み重ねる存在であり、先代から受け継いだ看板でもある。
建設業も、不動産業も、ホテル業も、教育事業も、やっていることは違う。
でも、根っこは同じだ。
人の暮らしを支える。
安心できる場所をつくる。
建物と資産を守る。
次の世代に、少しでも良いものを残す。
つまり、平和な時代の「守る仕事」である。
戦場で命をかける時代ではない。
だからこそ、日々の仕事を軽く扱ってはいけない。
現場を雑にしない。
契約をごまかさない。
雨漏りを放置しない。
小さな異変を見逃さない。
社員の変化にも気づく。
自分の体も、壊れてから慌てない。
人も、建物も、会社も、壊れてからでは遅い。
雨漏りも、会社の信用も、膝も、だいたい壊れてから大騒ぎになる。
私はいま電動ベッドの上で、それをかなり実感している。
だから、点検と備えが大事なのだ。
屋根を見る。
外壁を見る。
水回りを見る。
契約を見る。
数字を見る。
人を見る。
ついでに、自分の腹も見る。
腹は見ない方がいい日もある。
『雪風』の人たちが、本当は何を思っていたのか。
それは分からない。
ただ、家族を守りたかったのではないか。
仲間を守りたかったのではないか。
自分たちの後に続く世代に、何かを残したかったのではないか。
その先に、今の私たちがいる。
であるなら、受け取ったものをただ使い切ってはいけない。
守って、少し強くして、次に渡さなければならない。
大きなことを言う前に、まず今日の仕事をちゃんとやる。
一つの現場をちゃんと見る。
一つの約束を守る。
一人のお客様を雑に扱わない。
逃げない。
ごまかさない。
軽くしない。
今はまだ電動ベッドの上である。
上半身はネクタイ。
下はパンツ。
それでも、今日も会社はある。
だから今日も、できる範囲で仕事をする。
地域の建物を守る。
暮らしを守る。
資産を守る。
先代から受け継いだ看板を守る。
そして、次の世代に渡せる会社にしていく。
それが、今を生きる私にできる、先代たちへの返事なのだと思う。
まずは、オンライン会議で立ち上がらないことから始めたい。