
ちょっと前に、1円にもならない仕事をしていました。
1円にもならない。
すごい言葉です。
0円です。
消費税もありません。
昔からのお客様の奥様から相談がありました。
ご主人が亡くなられて、今は奥様が家主をされています。
サブリース会社から、家賃を下げてほしいと言われている。
なんとかならないか。
そういう相談でした。
この時点で、僕の中の冷静な経営者は言いました。
「やめておけ」
正しいです。
とても正しいです。
しかし、僕の中の亡き親父が言いました。
「行け」
出ました。
先代です。
うちの親父は、お客様の面倒を見すぎる人でした。
お金になるかどうかより、困っているかどうか。
経営者として正しいかは分かりません。
でも、息子としては、だいたい感染しています。
親父の人情ウイルスです。
ワクチンはまだありません。
しかも今回、話がややこしい。
実は、相手のサブリース会社も、社長さんが亡くなって、今は奥様が社長です。
こちらも奥様。
あちらも奥様。
間に僕。
何の映画でしょうか。
僕は不動産屋なのか。
相談員なのか。
近所の便利なおじさんなのか。
途中から、自分でもよく分からなくなってきました。
ただ、奥様に頼られるのは嫌いではありません。
こういう余計なことを言うから、話が長くなります。
問題の物件は、地下テナントです。
しかも、1年以上空室。
地下。
空室。
音が出せない。
不動産でいうと、なかなかの三点倒立です。
地下なので、業種は限られます。
音を出せば、上からクレーム。
お店を入れたいのに、音は出せない。
もはや、書道教室くらいしか思いつきません。
サブリース会社の奥様社長が、家賃を下げてほしいと言う気持ちは分かります。
分かりすぎます。
一瞬、僕もそちら側の席に座りそうになりました。
危ないところでした。
でも、こちらにも守るものがあります。
お客様の生活があります。
先代からのご縁があります。
そして僕には、断れない性格があります。
これが一番厄介です。
論理だけで戦うと、こちらは少し弱い。
なので、僕は言いました。
「どうしても厳しくなったら、最終的にはうちで借ります」
出ました。
また出ました。
ポンコツ名物。自爆の術。
自分で自分を崖に連れていく作戦です。
誰も頼んでいないのに、自分から地下へ降りていきました。
エレベーターのボタンを押したのは僕です。
しかも地下です。
地下1階どころではありません。
気持ちは地下3階です。
相手の逃げ道を作ったつもりが、自分の逃げ道が消えていました。
マジックです。
得度した僧侶の慈悲なのか。
ただの判断ミスなのか。
今のところ、専門家の意見が分かれています。
専門家は僕ですが。
それでも、その一言で空気は少し変わりました。
たぶん、本気だと思ってもらえたのだと思います。
僕も本気でした。
本気で、できれば借りたくありませんでした。
そして今日。
ようやく話がまとまりました。
結果は、減額なし。
なんとか、今の家賃を守ることができました。
すぐにお客様へ電話しました。
とても喜んでくれました。
声が明るくなったのが分かりました。
よかったです。
本当によかったです。
ただし、売上は0円です。
精神的には黒字。
会計上は、真っ白です。
と思っていたら、最後に言われました。
「実は、今度新築を考えていて。その時は、ぜひお願いします」
急に空気が変わりました。
さっきまで0円だった話が、急に数千万円の顔をしてきました。
怖いです。
お金は、たまに変装して近づいてきます。
今回は、地下テナントの格好をしていました。
地下で1円を探していたら、新築の匂いがしました。
高低差がすごいです。
耳がキーンとなりました。
もちろん、最初からそれを狙って動いたわけではありません。
本当です。
少しは期待していたかもしれません。
人間なので。
でも、最初はただ、困っているお客様を放っておけなかっただけです。
1円にもならない仕事。
そう思っていたら、あとから仕事になることがあります。
ならないこともあります。
ならないことの方が多いです。
ここは大事なので、小さめの声で言っておきます。
近いうちに、サブリース会社の奥様社長にも挨拶に行こうと思います。
無理を聞いていただいたお礼です。
敵ではありません。
あちらにも事情があります。
こちらにも事情があります。
僕には胃痛があります。
みんな、いろいろあります。
今日は、1円にもならない仕事をしました。
でも、最後に少しだけ仕事の匂いがしました。
よかったです。
一番よかったのは、地下テナントを本当に僕が借りなくて済んだことです。
そこです。
今日の最大利益は、そこです。
炭酸水でも飲みます。
祝杯です。
ノンアルです。
たぶん。
今日も会社はあります。
また書きます。たぶん。